秋田在住、今現在状況です

秋田県南在住、今現在すべてライフラインは復旧しています。
職業は高校の教員です。

15日火曜日現在の流れを記録しておきます。
土日連絡し続けてすべての生徒に14日が休校である連絡はしていました。15日以降生徒がしっかり集まるのか不安でしかたなかったですが全員集まりました。ずっと止まっていた生理が突然始まるほど安心しました。この歳で用意しておらずの生理は久しぶりでびっくりしました。パンツ超汚かったー。こんな話聞きたくないかた申し訳ないです。でも被災地で生理なっている人は死にたいくらいつらい思いをしていると思う。お手洗いはおしっこは紙を使わない、大きいのは新聞紙にくるんでここに捨てる等の状況にしたほうがいい。

子どもたちは全員元気で少し興奮気味。誰もが自分が体験したことを共有したくて少しでも明るい気持ちになりたくていつも以上に朝からみんなハイテンション。気持ちはとてもわかる。生き残ったことや、1日の停電を思春期に経たことは彼らの今後にかなりの影響を与えるだろう。集会があったがその時もざわつきニヤニヤしている生徒もいた、と後から厳しい言葉をかける人もいた。
ほとんどの生徒が家からの自家用車での送り迎えで通学しているため、明日以降学校に来られるかわからないという子もいた。なるべく乗り合ったりしてお互いに助けあってこの非常時乗り切ろう、学校はもう少しで春休みだから、と伝える。この非常時にテスト?通常授業?という意見も保護者からあったが、この非常時をお互いに気持ちを共有しあって今後同じことが起こったらどうしたらいいのか、とてつもなく辛いことがあったとしても目の前の自分がしなくてはいけないことをこなしていくことの大切さがあるのだと思う。今は日常を続けていくことが大事でそれが続けることができることが大事なんだから、と言った。わたしは理科教員なのでマイクロシーベルトとミリシーベルト等の単位について、あと放射線の危険性の単位別のものを子どもたちに伝えた。現地にいる人たち自宅待機している人、避難してきた人以上に心配してもしょうがない。もしかしたら30km圏内はもう二度と自宅に戻ることができなくなるかもしれない。でも、秋田も、東京も我慢して人が住んでいくレベルにしか最悪最悪でもならない予定です。日本という国が陸路は途中分断され、太平洋側の漁業が長期的(50年程度)に壊滅になるかもしれませんが、東と西で別れて生き続けることは可能です。福島県は半分くらい立ち入り禁止になるかもしれません。しかし今現在命があれば、日本全体が一生懸命それを助けます。助けたいです。

今回のことを通じて自分が勉強しなくてはいけないこと、自分がどうしたらいいのかすごく考えていることを子どもたちに伝えました。勉強すること、知識があることでこういう非常事態に自分、そして身の回りの人を助けることができることを力説しました。現にわたしの家では発電機があったこと、太陽光発電があったことによってライフラインが完璧であったこと、電池や石油等の在庫確認を正確にしていたため、何日後まで大丈夫かを把握していたためとてつもない安心感がありました。非常時、今持っている知識で身の回りの人を助けることができるのならば、勉強することは全く無駄ではないのだということを伝えたい。

同僚たちの話や子どもたちの話では、今現在ガソリンがないことが一番の問題でした。ガソリンスタンドは営業していないところが多くあるようでした。わたしが今日見たGSはすべてお休みでした。市内の購入できるところも、10リットル単位等制限がかかっていました。秋田は公共交通機関が発達していないので車で30分ほどかけて登校している生徒がいっぱいいます。GSはメーカーによって入荷が確定していたり見通しがまったくないところがあり、GSの大元はどこなのかを把握しておくことも大事だということがわかりました。

帰りにスーパーマーケットによりました。なかったものは以下です。
水洗用トイレットペーパー、入荷も未定という張り紙がありました。
大豆製品
手に入りやすい値段の冷蔵肉
単1、単3電池
反射式ストーブ
パン
懐中電灯
カップラーメン、うどん

流通を近所に抑えているところはどこなのかということも把握が必要であることがわかりました。
懐中電灯はないかもしれませんが、工夫次第で似たものはあることがわかりました。
例えば、人が通るたびにあかりをともす、電池で動く電気であるとか、アウトドア製品、仏壇へそなえる電池で動くろうそく、などです。
また最悪、「せっけんからろうそく」ということも可能ですし、ツナ缶をろうそくにすることはできます。サラダ油で光を灯すことも可能です。

明日から計画停電がはじまります。それに備えています。

東京の方は、東京の電力を養うために作られた福島原発であり、通常の生活は今日の今の福島原発に支えられていてできてることなのだということを認識して頂きたい。日本全国、電気というものは常日頃あるのが当たり前ではないのだということを心底思い知るためにも毎日1時間程度は停電することが当たり前だる状態にしてもいいかもしれない。
3月11日は、日本停電の日、として欲しい。毎年3月11日はあらゆる電気を使用せず、日本全体が真っ暗な夜になる日を作るのです。電気が供給されての今の日常であることを、誰もがみにしみてわかるはずです。
新しい電化製品ほど電源があることが大前提で作られています。電池を入れるスペースを作ること、もしくは電池から今の電化製品に電気を供給するシステムの製品を大きく流通させ宣伝を行うことが重要です。
あらゆる手段は1つの道ではやっぱり足りず、最悪を想定して5本ほどのラインを確保した方がいいです。

同じ規模で東京直下型が起こった場合、今までの想定をはるかに上回り、今現在の認識ではその非常時には全く耐えられないことがわかったというこはとても良かったのではないかと思います。最初の揺れがあり、停電が起こったときに思ったのは「日本は大丈夫なのだろうか?」ということでした。政府が機能し、自衛隊が動くことを知ったときにとてつもない安心がありました。

この後被災地へのボランティアをしたいとは思いますが、被災地への道路はとてつもなく混んでいるようです。そしてガソリンは枯渇しています。助けたい人がいる人たちはみんな食料を大量に買い込み、宮城、岩手、福島に長時間をかけて移動しています。

流通!陸路でのトラック輸送に支えられての日常!


勉強しなくてはいけないです。いざとなった時に自分の飼っている犬を食べるためにさばく方法も理解しておかなくてはなあ、とぼんやり思っています。知識は人を助けます。

明日もふつうの一日を過ごすことができるよう、祈りながら寝ます。